2025年11月27日

【孤高の天才芸術家】 ミケランジェロと彼の作品について調べてみた

15世紀のイタリアではルネサンス文化が花開き、暗黒時代と呼ばれたヨーロッパ文化は新しい動きを見せていた

そのような背景の中、芸術の分野では数々の天才が誕生した

レオナルド・ダ・ヴィンチ
・ミケランジェロ・ヴォナローティ
・ラファエロ・サンティ
・サンドロ・ボッティチェッリ

などが有名である

その中でも、最も大きな作品であるシスティーナ礼拝堂の天井画を残し、それをなんとほぼ1人で創り上げた人物がいる
それがミケランジェロである

彼は画家、彫刻、建築、詩と多くの分野に非凡な才能をみせている


ミケランジェロの出自

ミケランジェロは、1475年にイタリアのフィレンツェで生まれる
父親は役人であり、母親は彼が6歳の時に死去している

父親は大理石採掘場を経営しており、ミケランジェロは小さな頃から石を彫るための道具が身近にあった
後々彫刻家として才能を開花させる要因である

13歳の時に父親の推薦もあり画家の元へ弟子入りし、絵画や彫刻の製作を学んでいった
この修行期間に彼は、階段の聖母、ケンタウロスの戦いという彫刻のレリーフを製作している


ケンタウロスの戦い

ローマでの活躍
その後、政治上の理由によりフィレンツェを離れることになったが、作品の素晴らしさはローマでも噂になっておりバチカンへと招待される事となる

ローマに到着した時、ミケランジェロは21歳であった

彼はローマでの最初の大仕事であったピエタを製作

この作品は磔の刑に処されたイエスの亡骸を抱える聖母マリアの像であるが、大理石で彫られたとは思えないほどに聖母マリアの悲しい表情や衣服のシワまで見事に表現されている
同時期の画家であるヴァザーリは「奇跡と言える彫刻で、大理石で出来ているとは思えない」と評している

彼の初期の代表作 ピエタ

1504年、ミケランジェロの代表作であるダビデ像を製作


ミケランジェロが彫刻家としての名声を手に入れた傑作 ダビデ像

5メートルを超える大理石から掘られたこの力強い像は、彼の彫刻家としての才能と名声を決定的なものとする作品であった
筋肉の表現、筋張った健、そして今にも動きそうなポージングは彫刻の最高傑作と言える

このダビデ像は上半身と下半身の比率がわざと悪くなるように彫られている
この像が5メートルの大きさであった事と設置場所が高い所になる事が事前にわかっていたため、上半身を大きくする事で見る人が目線を上に見上げた時にバランスが良く見えるように計算されているのである

この作品を製作するにあたって、ミケランジェロは自ら大理石を見に行き素材を確認しており、作業しているところを他人に見られないように作業場に仕切りを立て、作品造りに集中していたようである

1508年の段階で、ミケランジェロは優れた画家としてローマ教皇に認知されており、教皇のユリウス2世の霊廟の設計や他の仕事も多く依頼されており、1つの作品の制作を終わらせる事が難しい状態になっていた
霊廟に関しては完成に40年かかっている

ミケランジェロ最大の作品

しかし彼は多忙の中で最も大きな作品を完成させる
それがシスティーナ礼拝堂天井画である

システィーナ礼拝堂天井画

旧約聖書の内容を天井画として描いており、縦40メートル横13メートルの巨大な作品である

作品の構成は過去に類を見ない物であり、彼は自身の画家としての才能と建築の知識を活かして立体的な構成になるような絵画を描いた
この作品をミケランジェロはほぼ1人で、4年の歳月を費やして完成させている

天井に絵を描くのは長時間上向きな状態で絵を描く事になるので、ミケランジェロは首と腰を痛めたり、製作途中にフレスコ画の染料が目に入り視力を落としてしまったりと大変な思いをしながら完成させた

この礼拝堂にはもう一つ彼の傑作がある
最後の審判である

最後の審判

最後の審判の制作には、1541年から1547年の6年間をかけている
天井画を描いてから40年近く経っての事である

キリストの再臨と現世の終末を、天使に囲まれたキリストが生前の行いによって人々の魂を裁いている情景で描いている
作品には生々しい男女の裸体が描かれていたが、人物の下半身を隠すように後に加筆されて完全なオリジナルは今は見る事が出来ない

その後も数々の作品や建築を世に残していったミケランジェロは、1564年に88歳でこの世を去った

最後に

バチカンサンピエトロ大聖堂の特徴的なドーム これもミケランジェロの設計である

ミケランジェロは弟子を一人も作らず最後まで孤高の芸術家であった
彼の頑固で偏屈な性格で他人が近寄りがたい人物であった
彼は1人でいることを好み、見た目に気を遣わず、食事も必要だから食べるといった具合で、芸術以外に興味がなかった

同時代のレオナルド・ダ・ヴィンチはアーティスト気質であったが、ミケランジェロは職人気質であり、大量の作品を1人で仕上げきる意思の強さも持ち合わせていた

彼のその多大な労力によって今も素晴らしい芸術作品が世に残っているのである

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

15世紀のイタリアではルネサンス文化が花開き、暗黒時代と呼ばれたヨーロッパ文化は新しい動きを見せていた

そのような背景の中、芸術の分野では数々の天才が誕生した

レオナルド・ダ・ヴィンチ
・ミケランジェロ・ヴォナローティ
・ラファエロ・サンティ
・サンドロ・ボッティチェッリ

などが有名である

その中でも、最も大きな作品であるシスティーナ礼拝堂の天井画を残し、それをなんとほぼ1人で創り上げた人物がいる
それがミケランジェロである

彼は画家、彫刻、建築、詩と多くの分野に非凡な才能をみせている

ほぼ同時代のレオナルド・ダ・ヴィンチ(ダ・ヴィンチのほうが年長)が「万能の天才」といわれたが、ミケランジェロもダ・ヴィンチに双肩される「万能の天才」だと私は思う

私は芸術面では全てに凄いですが、ダ・ヴィンチは絵画、ミケランジェロは彫刻が特に凄い印象です


多くの傑作を残したミケランジェロ・・・

バチカンサンピエトロ大聖堂の特徴的なドーム これもミケランジェロの設計である

ミケランジェロは弟子を一人も作らず最後まで孤高の芸術家であった
彼の頑固で偏屈な性格で他人が近寄りがたい人物であった
彼は1人でいることを好み、見た目に気を遣わず、食事も必要だから食べるといった具合で、芸術以外に興味がなかった

同時代のレオナルド・ダ・ヴィンチはアーティスト気質であったが、ミケランジェロは職人気質であり、大量の作品を1人で仕上げきる意思の強さも持ち合わせていた

彼のその多大な労力によって今も素晴らしい芸術作品が世に残っているのである




ルネサンス 天才の素顔 ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ 三巨匠の生涯 単行本(ソフトカバー)

未経験ながら「軍事専門家」として、自身を売り込んだ、ダ・ヴィンチ
「神のごとき」と賞賛されたミケランジェロは、「逃亡癖」を持つ男
ルネサンスの完成者にして「美のカノン(規範)」ラファエッロは、野心家の美男子

なぜ彼らは、ルネサンスの三大巨匠と呼ばれるようになったのでしょうか?
本書は、イタリアで研究生活を過ごした著者・池上英洋氏が、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロの生涯や、彼らが生きた当時のイタリア各都市の様子を、活き活きと描写するもの
ルネサンスの巨匠たちの意外にも生命力あふれる生き方を糸口に、みんなが知っているようで知らない、この時代の作り手をとりまく社会状況、ルネサンスの美術の動向を、やさしく分かりやすく通読できるテキストとして紹介する本です
posted by june at 03:53| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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