あの時代になぜそんな技術が!?
ピラミッドやストーンヘンジに兵馬俑、三内丸山遺跡や五重塔に隠された、現代人もびっくりの「驚異のウルトラテクノロジー」はなぜ、どのように可能だったのか?
現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さん(ノースカロライナ州立大学終身教授)による、ブルーバックスを代表するロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊、『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』と『古代世界の超技術〈改訂新版〉』が同時刊行され、早速、大増刷が出来しました!
それを記念して、両書の「読みどころ」を、再編集してお届けします
まずは、青森県青森市の大規模集落遺跡で、世界遺産にも登録されている「三内丸山遺跡」を取り上げます
今回は、硬度の高いヒスイを、縄文人たちがどのように加工していたのか?
その孔あけ(穿孔)技術についての考察をお届けします
孔はどのようにあけられたか
孔はどのようにあけられたのか
次の「三内丸山遺跡で発掘された翡翠玉」に示したように、厚さが数センチメートルもあるような翡翠(ひすい)に、直線的な円筒形の孔が貫かれている
硬度が高く、強靱な翡翠に、そのように見事な孔をどのようにあけたのか
〈古代人を虜にした日本の「ヒスイ」。じつは、めちゃくちゃ硬かった・・・〉
でも紹介したように、縄文時代の穿孔に用いられた道具はいっさい遺されていない
状況証拠から推測し、その推測を実験によって検証するほかに、この謎を解く方法はない
鉱物に孔をあける基本的技術としては、
たたいて孔をあけるボーリング法
抉(えぐ)り法
錐を使った回転法(ドリル法)
がある
このうち、ボーリング法と抉り法では、直線的な、きれいな円筒状の孔をあけるのは困難であろう
いずれにせよ、翡翠にあけられた実際の孔をよく見れば、錐を使った回転法以外には考えにくい
幸い、縄文時代人の穿孔法を推測するうえで、決定的な証拠が発掘されている(参考『図説 日本文化の歴史 3 奈良』黛弘道ほか編・小学館、1979)
穿孔途中の翡翠片から推測する穿孔法
それは、穿孔途中の翡翠片である
翡翠に孔をあけるということは、結果的に、その部分の翡翠を削り取るということである
それでは、管錐は何でできていたのであろうか。
研磨材がカギを握っていた
〈古代人を虜にした日本の「ヒスイ」。じつは、めちゃくちゃ硬かった・・・〉で紹介したように、翡翠を削る、あるいは研磨するには、原理的に、翡翠より硬いものが必要である
縄文時代に、翡翠より硬い材料でできた管状のものは存在しない
困ってしまうが、ヒントはある
幸いなことに、管錐そのもので翡翠を削るわけではないのである
媒材として研磨材を用い、その研磨材が翡翠を削るのだ
つまり、錐の役目は、研磨材を翡翠に押しつけることなのである
翡翠より硬い材料の錐は、むしろ不適当なのだ
硬い錐は媒材(研磨材)を排除してしまうので、孔がうまくあかないからだ
管錐の素材が何であれ、翡翠と同等、あるいは翡翠より硬い研磨材が得られれば、翡翠に孔をあけることができるわけだ
翡翠生産遺跡として名高い長者ヶ原遺跡や寺地遺跡からは、翡翠大珠と同時に、蛇紋岩製の磨製石斧が出土している
蛇紋岩の主成分は橄欖(かんらん)石と蛇紋石であるが、橄欖石の硬度は6.5あるいは7である
また、河川であれば、硬度7の珪砂(石英)はどこにでもある
新潟、富山地方では硬度9の鋼玉(コランダム)も産する、という報告もある
これらの蛇紋岩、珪砂、鋼玉、そして翡翠自体の粉が、研磨材として用いられたのであろう
また、研磨材の微粉末を水などの液体に懸濁した「スラリー」を用いると、スラリー中の研磨材の硬度が被加工物の硬度より低くても研磨できることが知られている
実際に、現在の最先端エレクトロニクスを支える半導体シリコン結晶(硬度7)の研磨には、硬度6の非晶質石英のスラリーが用いられているのである
水は回転管錐、つまり研磨材と被加工物の運動(つまり、錐の回転)を円滑にするためにも、研磨材を円滑に被加工面に供給するためにも必要である
また、砥糞(とくそ)の除去にも水は有効である
いうまでもないことだが、水は摩擦熱を冷やし、回転管錐を保護する役目も果たす
翡翠の穿孔に、スラリーが用いられたことは疑いようがない
現代でも通用する「究極の穿孔技術」
さらに、回転管錐による穿孔のプロセスでは、摩擦熱のために、水冷されている状態であっても被加工材の表面がかなりの高温に達しており、常温(低温)より、容易に研磨される状態になっている
これらのことを考慮すれば、翡翠穿孔の媒材(研磨材)としては、簡単に得られたと思われる蛇紋岩あるいは翡翠の粉末で十分だっただろう
適当な研磨材さえ得られれば、管錐の素材は何でもよいことになる
前述のように、硬いものはむしろ不適当である
大切なのは管状の形態である
金属製のパイプなど望むべくもない縄文時代、管錐に用いられたのは、竹(簾竹)、鳥の管骨などと考えるのが常識的である
ところで、管錐でなく棒錐(中空でない錐)ではダメなのか
棒錐でもよければ、使用し得る錐の素材の範囲は格段に拡がる
実際、縄文時代後期・晩期になると、棒錐で穿孔した翡翠も出現するらしい
しかし、管錐のほうが圧倒的に具合がよいのである
棒錐の場合、砥糞の逃げ場がなく、錐先端部と被加工面とのあいだに詰まってしまい、研磨効率が著しく低下するからだ
現代の目で、さまざまな角度から検討してみても、縄文時代に確立された、竹・骨などの自然材の管錐と研磨材とを組み合わせた“回転管錐穿孔法”は究極の穿孔技術である
現在でも、基本的には改良の余地はまったくないように思われる
1960年に発明された“人工の光”レーザーによって、材料加工技術の分野で数々の革命的技術革新がもたらされている
穿孔技術も例外ではない
しかし、宝石の穿孔技術に限っていえば、前述のように、縄文時代以降、今日までの数千年間、基本的な革新は皆無なのである
現代における鉱物・宝石の穿孔技術とは、どのようなものなのか
いっぽう、現代はどうやって孔をあけているか?
比較的大きな孔に対しては、縄文時代の竹・骨などの“自然材”は軟らかいブリキに替わったものの、回転管錐と研磨材スラリーとを組み合わせた穿孔法はいまでも使われている。しかし、研磨材としては、現在ではダイヤモンドに準じる硬度をもった炭化ケイ素(ダイヤモンドの硬度を15とした修正モース硬度計で硬度13)やアルミナ(同12)などが使われている
小さな孔あけには電動ドリルが使われているが、回転するドリルのらせん状の溝が砥糞を除去する
また、基本的には、たたいて孔をあけるボーリング法に属するが、研磨材スラリーを用い、たたくのに超音波振動を利用した超音波加工法が、鉱物・宝石の孔あけに、特に円形以外の孔あけに、最も一般的に用いられる方法となっている
周波数が20キロヘルツ以上の、可聴範囲を超えた音波を超音波というが、この超音波振動を利用して、研磨材スラリーに被加工物をたたかせて加工(切断、孔あけなど)する方法である
超音波の発生源としては、一般にニッケル・アルミニウム・鉄合金などの磁気歪み現象を利用する磁歪振動子などが用いられる
たとえば穿孔の場合、振動する工具の先端と被加工物との間に研磨材スラリーを供給すると、押しつけた工具の形どおりの孔があく
ドリルであけられる孔は円形のみであるが、この方法ではどのような形の孔でもあけられるのである
1枚のシリコン単結晶ウエハーを8等分し、各片をある温度で2時間から16時間まで、2時間刻みの熱処理をしたあとの結晶欠陥をTEM観察するために、円形ディスクをくり抜いたのである
この場合は、突起を観察試料として利用したことになる
レーザー光にして「革命」ならず
続いて、最先端の“ハイテク・レーザー加工法”について紹介しよう。
私は、工学的技術分野で、20世紀最大の発明はトランジスタとレーザーだと思っている
レーザーは、自然界には存在しない人工の光を発生させる装置である
レーザー光の特徴のみを簡単に述べれば、以下の4点である
単位面積あたりのエネルギーが大きい
指向性、集光性が強い
位相がそろっている(可干渉性である)
単色(単一波長)
このうち、1. と2. の性質によって、レーザー光が強力な“刃物”になり、あるいは“熱”を生み、材料加工(切断、孔あけ、熔接など)の革新的な道具となるのである
いずれの場合も、レーザー光が“加工”するのは、直径がおよそ数マイクロメートルから数ミリメートルの微小領域であるが、エネルギーに応じて被加工物を蒸発させるか熔融させる
孔あけ、あるいは切断の場合、レーザー光はレンズで集められ、被加工物の材料を蒸発させる
このように、微小領域に絞られた高エネルギーのレーザー光は最高硬度のダイヤモンドにさえ孔をあけることができる
従来の機械的穿孔法で2日間を要したダイヤモンドの孔あけが、わずか数分に短縮されたほど、レーザー光による材料加工は革命的であった
レーザー光による孔あけの特徴は、加工時間がきわめて短いことのほか、たとえば回転管錐などを使った機械的穿孔法では絶対に不可能な、直径数マイクロメートルの微小な孔をあけられることである
また、機械的穿孔法が不得意な硬くて割れやすい材料とかゴムのような柔軟な材料の孔あけのほかに、レーザー加工法は医療分野ではレーザーメスに応用されている
しかし、レーザー光であけた孔は、側面が滑らかでない、被加工物表面に噴火口のような輪ができる、蒸発せずに熔けた材料が一様に凝固せず、そのために亀裂が生じたり、材料を弱めたりする、というような欠点もある
また、レンズを通過して一点に集まるレーザー・ビームは円錐形になるため、レーザー光であけられる孔は表面に対して直角の円筒形にならず、ビームの形を反映した円錐形になってしまう
結局、以上のような欠点のため、宝石の穿孔に、せっかくのハイテク・レーザー光が使われることはほとんどない
基本的に、縄文時代人が確立した管錐を用いる穿孔技術に優る技術はないのである
(この記事は、現代ビジネスの記事で作りました)
ピラミッドやストーンヘンジに兵馬俑、三内丸山遺跡や五重塔に隠された、現代人もびっくりの「驚異のウルトラテクノロジー」はなぜ、どのように可能だったのか?
現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さん(ノースカロライナ州立大学終身教授)による、ブルーバックスを代表するロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊、『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』と『古代世界の超技術〈改訂新版〉』が同時刊行され、早速、大増刷に!!
今回はレーザー光もない時代の驚くべき日本のヒスイ加工の「超技術」を上記書籍の「読みどころ」として紹介する
「必要は発明の母」というが、こうした「超技術」は「必要」から生まれるのかも
参考記事:「ストーンヘンジ、兵馬俑、前方後円墳に五重塔・・・古代の匠たちが誇った「超技術」の“謎”」
古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧 (ブルーバックス) 新書
古代世界の超技術〈改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧 (ブルーバックス) 新書
ピラミッド、兵馬俑、五重塔など現代の先端技術でも作るのが難しいのに古代にこれらは作られています
人気のロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊
2024年03月05日
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