スペインの古代の墳墓に埋葬されていた権力者の遺骨を分析したところ、この人物が女性だったことが明らかになり、初期のヨーロッパ社会における女性の役割についての定説を覆す重要な発見となった
論文は2023年7月6日付けで学術誌「Scientific Reports」に発表された
この発見は、タンパク質を利用する考古学の新しい手法によって得られた革新的な成果の一例だ
科学者たちは近年、分析可能なDNAが残っていない場合にも、歯や骨のような有機遺物に含まれるタンパク質を網羅的に調べることで、その設計図であるDNAに関する詳細を知ることができるようになっている
このような技術は「プロテオミクス」と呼ばれ、考古学に革命を起こす可能性があると、今回の論文の筆頭著者であるスペイン、セビリア大学の考古学者マルタ・シンタス・ペーニャ氏は言う
今回発表された論文は、2008年にスペイン南部のセビリア近郊の町バレンシナ・デ・ラ・コンセプシオンで発見された墓について報告している
この墓は、今から4200~5200年前のイベリア半島の銅器時代の広大な埋葬地にある
まるごと1本の象牙や、刃が水晶でできた短剣や、多数の真珠貝のビーズなどの副葬品も見つかっていて、スペインで発見された墓の中でも特に豪華なものの1つとされている
考古学者たちは当初、埋葬されていた骨格から、この人物は17~25歳の「男性」で、豪華な副葬品は、「彼」が古代社会で高い地位にあったことを示していると考えた
ところが、この骨格の歯のエナメル質のタンパク質を新たに調べたところ、X染色体上の遺伝子に基づいて作られるものしか見つからず、Y染色体上の遺伝子に由来するものは見つからなかった
つまり、この墓に葬られた人物は、XYの性染色体を持つ男性ではなくXXの性染色体を持つ女性だったのだ
シンタス・ペーニャ氏と、論文の上級著者で同じくセビリア大学の考古学者であるレオナルド・ガルシア・サンフアン氏は、この新しい発見は、先史時代のイベリア半島の社会がカリスマ的な男性によって率いられていたという従来のモデルを覆すものだと主張する
「私たちの研究は、(従来のモデルが)必ずしも正しくはないことを示しています」と両氏は言う
これは、銅器時代のイベリア半島やその他の地域での女性の社会的役割について再考を迫るものだ
考古学者は、遺跡で発見された骨格の古代DNAを調べることで、その性別から目の色までの詳細な情報を得られるようになったが、古代NA分析は高価で時間がかかり、サンプルは汚染されやすい
一方、プロテオミクス分析を用いれば、サンプル中にDNAが残っていなくても、遺伝子に関する部分的な情報を知ることができる
プロテオミクスの先駆者で、10年以上にわたって法医学や考古学への応用を研究してきた米カリフォルニア大学デービス校のグレンドン・パーカー氏は、「サンプル中のDNAが劣化して失われてしまっていても、一部の遺伝子型を知ることができるのです」と説明する
パーカー氏は研究で、古代の骨や歯ではDNAよりもタンパク質の方が安定して保存されていることが多いことを示している。
「DNAが残っていれば必ずタンパク質も残っていますが、タンパク質が残っていてもDNAが残っているとは限らないのです」
シンタス・ペーニャ氏とガルシア・サンフアン氏も、ヒトの遺体から性別を決定するには、古代DNA分析よりもプロテオミクスを用いる方が、より効果的で、安上がりで、速いと考えている
この手法は数年前に始まったばかりだが、科学にはすでに影響を与えている
「私たちが論文で発表した成果は、この手法の効率の良さを裏付けています」と両氏は言う
ペルーの考古学者で、ナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラー(探求者)であるガブリエル・プリエト氏にとっても、ヒトの歯のエナメル質に含まれるタンパク質から性別を特定する技術は非常に重要だ
氏はペルーのチムー族による600年前の集団生贄(いけにえ)の儀式で犠牲となって捧げられた子どもの歯を、共同研究者のパーカー氏に送った
「少なくともこの儀式では男児の生贄が最も重要であったことを理解するのに、分析結果は大いに役立ちました」とプリエト氏は言う
チムー族の儀式では数百人の生贄が捧げられていたため、すべての遺体から分析可能なDNAを抽出できたとしても、分析には法外な費用がかかっただろう
一部の生贄については古代DNA分析が進められているものの、それは血縁関係の有無などを調べてプロテオミクスを補完するためだ
「プロテオミクスと古代DNA分析は一緒に利用することができます。けれども、プロテオミクスを行えるなら、私たちはそちらを利用します」とプリエト氏
プロテオミクスは、動物やヒトの遺体から遺伝情報を得るだけでなく、古代にハンセン病やペストなどを引き起こした病原体の調査や、古代の土器に付着した食物の残りかすの特定や、古代の織物に使われた繊維の由来の特定などにも利用できる
英マンチェスター大学の生体分子考古学者であるマイケル・バックリー氏は、骨の主要なタンパク質であるコラーゲンのプロテオミクスを発展させて、遺跡から出土した骨がどの動物のものかを判定する「ZooMS」(質量分析による動物考古学)という手法を開発した
つい最近もこの手法を使って、英国イングランドの5~6世紀の墓から見つかった象牙がアフリカゾウのものであることが示されている
これは、当時の古代世界に未知の交易ルートがあったことを示唆する重要な発見だ
「ZOOMSが大きく飛躍していることをうれしく思っています」とバックリー氏は言う
「なによりも楽しみなのは、古代のヒトと動物との相互作用について、はるかに大量のデータが得られるようになり、情報の質が向上し始めていることです」
(この記事は、NATIONAL GEOGRAPHICの記事で作りました)
約5000年前のスペイン・イベリア半島の権力者の遺骨が女性であることがわかった
これまでの権力者は男性であるという「通説」を覆す発見だ
タンパク質を利用する考古学の新しい手法「プロテオミクス」によって得られた革新的な成果
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2023年07月24日
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