数十万年前に生きていて現在は絶滅した人類が、南アフリカの洞窟の奥深くに死者を意図的に埋葬し、意味のある図形を壁に彫り込んでいた可能性がある
そうした高度な行動は、一般にネアンデルタール人や現代のホモ・サピエンスに特有のものだと考えられている
もし埋葬の事実が確認されれば、知られている限りで最古の埋葬が行われた時期が少なくとも10万年早まることになる
この主張は、査読前の論文を投稿するサーバー「bioRxiv」に2023年6月5日付けで公開された2本の論文で発表されている
また、米ストーニーブルック大学で行われた学会でも、人類学者リー・バーガー氏によって同じ内容が発表された
南アのヨハネスブルクから北西に約40キロの距離にあるライジング・スター洞窟系の内部で新種の人類を発見したことを、バーガー氏が初めて報告したのは8年前のことだ
「ホモ・ナレディ」と名付けられたこの種は、体が小さく、脳の大きさは現生人類の約3分の1だった
また、その解剖学的特徴には非常に古いものと比較的新しいものが混在している
洞窟から見つかった骨は、最深部にある1つのサブシステム内に集中しており、年代は33万5000~24万1000年前、つまり現生人類がアフリカで出現しつつあった時期のものだと推定されている
「われわれは、現生人類とは異なる人類にまつわる文化的空間を発見したのです」とバーガー氏は言う
バーガー氏はナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラー・イン・レジデンス(協会付き研究者)であり、今回の研究は協会からの助成を受けている
バーガー氏のチームは、ホモ・ナレディの発見を最初に発表した2015年に、意図的な埋葬の可能性について言及していた
高さが4階建てのビルほどあり、幅はわずか19センチほどという縦穴(研究者らはこれを「シュート」と呼んでいる)を通らないとたどり着けない地下空洞に、1800個以上の骨の断片が存在したという状況の説明としては、それが最も妥当であるように思われた
加えて、一部の骨格があった位置や、それらに傷が付いてないという事実は、死者が適当にシュートに投げ入れられたのではなく、空洞の床に丁寧に置かれたことを物語っている
脳の小さな人類が、そうしたいかにも人間らしい行動をとったという可能性については、多くの専門家が疑問を呈しており、骨は水に流されて洞窟内に入ったか、捕食者によって持ち込まれたのではないかとの指摘もある
しかし、骨の断片には他の動物にかまれた痕がない
また、洞窟の環境と堆積物の分析により、水で運ばれた可能性も否定されている
このほか、少なくとも5万年にわたって南アでホモ・ナレディと同時に生きていたと思われる現生人類が、シュートや、後に崩壊した別の通路を通って死者を運び込んだのではないかという意見も聞かれた
しかし、ライジング・スターの発掘チームの調査では、現生人類の痕跡も、第二の入り口の証拠も見つかっていない
研究者らは2017年にライジング・スター洞窟系を再訪し、数々の発見をしているが、その全貌についてはこれまで明らかにしてこなかった
たとえば彼らは、1人または複数人のものと思われるホモ・ナレディの骨が、洞窟の床の層をうがつ複数の浅い穴の中にまとまって置かれているのを発見している
この穴が自然な傾斜に沿わない方向に開いているという事実は、これらが掘られたものであることを示唆している
そのうえ、穴の中に詰められた物質は、周囲の堆積物とは異なっていた
まとまっている複数の骨全体を崩さないよう石膏(せっこう)で固め、いくつかの塊として発掘する作業も行われた
この塊をCTスキャンしたところ、年長の少年あるいは少女を含む、少なくとも3人の骨が含まれていることがわかった
この若者の骨は驚くほど元の形状を保っており、正しい順番に並んだ30本の歯や、部分的な左右の肋骨、右足、足首、下肢の骨などが確認された
部分的に残った右手のそばには石があり、研究者らは、石を加工した人工物か石器ではないかと考えているが、外部の専門家の中にはこの見解を真っ向から否定する声もある
死者の意図的な埋葬を巡る議論では、「葬儀行動」と呼べるかどうかに焦点が当てられることが多いと、動物たちが死んだ個体とどう関わるかを研究しているアンドレ・ゴンサルベス氏は言う
たとえば、チンパンジーやゾウは死体を見守ったり、相手が生き返ることを期待して物理的な接触を行ったりするが、葬儀行動とはみなされない
それに対して、葬儀行動には、複雑な思考が可能な存在による意図的な社会的行為が伴う
それを行うには、自分が自然界と切り離された存在であることを理解し、死者の重要性を認識できなければならない
これまでに現生人類やネアンデルタール人といった人類の種で確認された葬儀行動や意図的な埋葬の最古の証拠は、ホモ・ナレディの時代から少なくとも10万年後のものだった
「人類は、死者を埋葬する非常に特殊な霊長類です」と、ゴンサルベス氏は言う
「ほかの霊長類はそうした行動を取りません」
ナショナル ジオグラフィックからの依頼で論文のレビューを行った外部の専門家らは、意図的な埋葬の証拠についてさまざまな疑念を表明している
水によって骨が流れ込み、その後の歳月で土砂が堆積した可能性があると主張し続ける専門家もいる。
しかし、ライジング・スターの調査チームの一員で論文の共著者でもある人類学者のジョン・ホークス氏はこう述べている
「われわれが持っている最強の証拠は、埋葬によって洞窟内の既存の地層の順序が崩されているということです」
今回の発見を受け、人類学者のクリス・ストリンガー氏は意見を変えた
「私はこれまで、ホモ・ナレディのように脳の小さな生物が洞窟の奥まで死者を葬りに行くという考えに対して懐疑的なひとりでした」と氏は言う
「しかし、これだけのものを見た以上、私の見解は確かに変わったと言わざるを得ません」
ゴンサルベス氏は今回の発見を「期待できる」としつつ、まだ様子見の姿勢を崩さない
ホモ・ナレディが人間のような行動を取っていたというアイデアは、彼らが現生人類と空間的にも時間的にも非常に近いところにいたことを踏まえれば特に驚くべきことではないと氏は考えている
「われわれはチンパンジーやボノボから600万年離れているのです。30万年など大した長さではありません」
2本目の論文で研究者らは、もうひとつの新たな発見について報告している
それは、埋葬跡らしきものの近くの壁に、抽象的な形や模様が彫り込まれていることだ
印が刻まれた面は、何らかの物質でなめらかに整えられ、また一部の彫り込みはいったん消された後、また上から彫り直されているように見えることから、これらはある程度長い時間をかけて作られたことが示唆される
洞窟の壁になっているドロマイト質石灰岩の性質上、年代を特定することは非常に難しく、研究者らは、「これらの彫り込みが、わずか数メートル離れたところにあるホモ・ナレディの埋葬跡と同時代のものであるかを評価するのは困難」だと認めている
考古学者のカーティス・マレアン氏は、洞窟の壁に刻まれた独特の網目模様は、同じ地域にある後の時代のホモ・サピエンス遺跡で見られるものや先住のコイサンが描くものに「とてもよく似ている」と述べている
研究者らは、すべての彫り込みを特定・分析するにはさらなる調査が必要であるとしつつ、洞窟の壁などの表面に絵や彫りもので意匠をあしらうことは、「人類の認知の進歩における重要な一歩」だと指摘している
バーガー氏らは3本目の論文も同日に公開している
そこでは、埋葬跡と岩に記された模様のデータを総合的に考えることで、もうひとつ、長年にわたって前提となってきた仮説に挑んでいる
それは、脳がより大きくなれば、人類は道具づくりや火の管理、シンボルの創作といった、より複雑な行動を取るようになる、というものだ
化石記録は、多くの人類では相対的な脳の大きさが200万年の間に増加し、ホモ・サピエンスで頂点に達したことを示している
現代の成人男性の脳の容積は約1500立方センチメートルだが、ホモ・ナレディの脳は600立方センチに満たなかった
もし、この小さな脳を持つ人類が、意図的な埋葬や、その埋葬に関連したシンボルの創作といった高度な行動をほんとうに取っていたのだとしたら、脳の大きさは、その人類の種が複雑な認知能力を持つかどうかを決定する主な要因にはならないはずだと、研究者らは主張する
明確な石器の製作や、アフリカからアジアへの最初の進出、火の使用といった人類の進化における重要な発展の多くは、小さな脳を持つ種の間で起こったものだと、研究者らは指摘している
加えて、別の小さな脳を持つ人類であるフローレス原人(ホモ・フロレシエンシス)は、道具と火を使用していたことが知られている
もしかすると脳の大きさよりも、脳の構造と配線の方がより大きな役割を果たしたのかもしれない
ライジング・スター洞窟系内の火に関する証拠については、論文では特に言及されていないが、バーガー氏によると、チームは制御された火に関する証拠をすでに発見しており、その中には数十カ所の炉床も含まれているという
「あの場所には、すすや焼けた骨がたくさんあります。そこら中に見られるのです」と氏は言う
いずれ、そうした証拠の炭素年代測定も行われる予定だ
研究チームが、自分たちの大胆な主張を、査読付きの学術誌に掲載される前に公表したことについて不満を口にする古人類学者もいるが、バーガー氏はチームの決定を擁護する
論文はいずれ査読を経て学術誌「eLife」に掲載される予定であり、プロセスの「透明性」は確保されると氏は述べている
ホモ・ナレディがどのように暮らし、彼らと現生人類がどのような関係にあるのかについては、今後さらなる発見が期待される。「ライジング・スターに残された痕跡が示唆する通り、この種が洞窟での暮らしや、その奥にまで入り込むことに適応していたのであれば、南アフリカのほかの多くの遺跡にもその証拠があるはずです」とストリンガー氏は言う。
「これは全世界の人類が対話するに値する課題です」とバーガー氏は付け加える
「次は何をすべきか。どのように調査を続けるべきなのか。こうして現生人類とは異なる種が作った文化的空間が見つかった今、われわれはこれをどのように取り扱うべきなのでしょうか。そうしたことに関する議論を、私は聞きたいと思っています」
(この記事は、NIKKEI GEOGRAPHICの記事で作りました)
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2023年07月23日
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