2023年03月18日

プロ野球、阪急で活躍したバルボン氏死去、現役引退後通訳で人気

オリックスは17日、阪急ブレーブスの内野手として活躍したロベルト・バルボン氏が12日に急性肺炎のため西宮市内の病院で89歳で死去したことを発表した

バルボン氏はキューバ出身

1955年から1964年まで阪急ブレーブスに所属し、1955年に最多安打、1958年から1960年まで3年連続で盗塁王を獲得した

現役引退後も日本にとどまり、テレビ中継の解説や阪急のコーチを務めた

以降も球団職員としてブーマーやマルカーノらの通訳を担当

オリックスジュニアの監督も務めた。

晩年も甲子園球場に姿を見せるなど、日本の野球に携わってきた

異国で活躍を目指して来日してくる助っ人の良き相談役にもなっていた

なお通夜、告別式は家族葬にて執り行われた

(この記事は、デイリースポーツの記事で作りました)

ロベルト・バルボン(Roberto Barbon)・・・
1933年3月13日生まれ、キューバ出身

現役時代は右投げ右打ち、内野手

キューバ高から米マイナーリーグを経て来日

1955年から1964年まで阪急に在籍し、1965年は近鉄

タイトルは1955年に最多安打、1958年から1960年まで3年連続盗塁王

1958に二塁手でベストナイン獲得

1000本安打、300盗塁達成は外国人史上初

通算1353試合出場で1353試合で4666打数1123安打、打率・241、33本塁打、260打点、308盗塁

1965年に32歳で引退後も、祖国でキューバ革命が起こったため日本在住

阪急球団職員などを務め関西弁を駆使し、くだけたユーモラスな通訳で親しまれた

愛称チコ(スペイン語で坊やの意味)で笑顔が印象的だった


阪急ブレーブス 勇者たちの記憶 (単行本) 単行本

阪急は2リーグになってからパ・リーグ優勝10度、日本一3度の名門チーム
個性あふれる強豪として知られた
その勇者(ブレーブス)たちの歴史
(阪急はプロ野球創設時からあり、1リーグ時代の1936年にトーナメント制の夏季の大阪大会で首位となっている)

1988年に身売りした
posted by june at 11:39| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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