いま日本はどんな国なのか、私たちはどんな時代を生きているのか
日本という国や日本人の謎や難題に迫る新書『日本の死角』が8刷とヒット中、普段本を読まない人も「意外と知らなかった日本の論点・視点」を知るべく、読みはじめている
「日本人=集団主義」はほんとうか?
「日本人は、集団の和を何よりも大切にするので、集団と一体化しようとするあまり、自分というものをなくしてしまっているのだ」──
これまで、日本人論では「日本人=集団主義」であるということが繰り返し主張されてきた
多くの日本人がそう思うかもしれないが、はたしてほんとうだろうか
じつは集団主義かどうかについては、さまざまな実験がおこなわれている
〈「同調行動」の実験では、ひとりで答えれば、まず間違いっこないような簡単な課題に答えてもらう。しかし、じっさいには、その課題に、ひとりではなく、ほかの何人もの被験者と一緒に答えてもらう。
じつは、その「ほかの何人もの被験者」は、みな「サクラ」なのである。かれらは、ときどき、全員そろって、あきらかに間違った答えを言う。そのとき、ほんとうの被験者はどう答えるか? ──それを観察するのである。
もし、被験者が皆に合わせて、そのあきらかに間違った答えを言ったとしたら、「集団に同調した」ということになる。自分の判断をねじ曲げてでも集団に合わせるという「同調」は、まさしく「集団主義」の核心である。
この実験は、最初、「世界でいちばん個人主義的」といわれてきたアメリカ人を被験者にしておこなわれた。
何回、同調をしたか、その割合を示す「同調率」は、37%だった。その後、同じ方法で八つの実験がおこなわれたが、「同調率」の平均は25%だった。〉(『日本の死角』より)
それでは、気になる日本人の同調率は何%なのだろうか?
アメリカ人と変わりなかった・・・
〈ところが、日本人を被験者にして同じ方法でおこなった五つの実験をしらべてみると、「同調率」の平均は25%にすぎなかったのである
驚いたことに、アメリカ人と変わりがない
日本人は、特別に集団に迎合しやすいというわけではないのである
日本人をアメリカ人と比較した研究は、こうした同調行動の実験をはじめとして、調査研究も含めると、全部で43件見つかった
「常識」に反して、「日本人とアメリカ人のあいだには差がなかった」という研究がいちばん多くて24件
「常識」とは逆に、「アメリカ人のほうが集団主義」という研究が、なんと13件もあった
「常識」どおり、「日本人のほうが集団主義」という研究は6件しかなかった〉(『日本の死角』より)
科学的な方法で比較をしてみると、日本人は特に集団主義的ではないということなのである
「日本人は集団主義である」となんとなく思い込んでいるのであれば、間違った常識や先入観のもとでものを考えているということである
(この記事は、現代ビジネスの記事で作りました)
日本人は集団主義というのは、私の感覚ではその面もあると思います
私の思い込み・先入観もあるのかもしれませんが・・・
日本の死角 (講談社現代新書 2703) 新書
日本という国とは、日本人とは・・・
意外と知らない日本(人)の謎と論点(日本の死角)を考える
2024年08月11日
寿司の起源は日本ではなかった!? ルーツからわかる美味しさの秘密
寿司は江戸時代に広まったと言われている
しかし、いつどこで生まれたのか知る人は多くない
そのルーツをたどっていくと、なぜ寿司は旨いのか、その理由が見えてくる(ここでは原田信男『日本料理史』から一部編集のうえ引用する)
語源からわかること
スシは、寿司・鮨・鮓とも書くが、その語源は“すっぱし”で、鮓が最も原義に近い
つまり魚に米と塩を用いて発酵させ、旨味を引き出すとともに、保存を目的として魚から作る食品が鮓である
また塩だけで魚の内臓を発酵させる旨味も広く好まれており、日本では塩辛が代表例となるが、これに中国では鮨の字をあてた
そして祭りなどのハレのときに、保存しておいた鮓を食べることから、やがて寿司という表記が用いられるようになった
発酵による旨味
つまり魚の発酵食品には、鮓と塩辛があるが、これらは兄弟関係にあたる
魚を塩だけに漬け込むと、アミノ酸発酵となるが、これに炊いた飯を混ぜ込むと、乳酸発酵が起こる
前者が塩辛で、後者が鮓となるが、塩辛は魚醬の一種で、ほかにも日本では秋田のショッツルや能登半島のイシル、香川のイカナゴ醬油が知られている
鮓の原型はナレズシで、日本で最も古いのが琵琶湖のフナズシであり、吉野の鮎の釣瓶(つるべ)ズシのほか、秋田のハタハタズシや金沢のカブラズシも、この仲間に入る
これらは米の飯による乳酸発酵を利用したものであるが、その初歩的な事例にオニギリの旨味がある
オニギリは、握ってすぐは美味しくはないが、二~三時間すると、普通のご飯とは違った旨味が出る
これは米の飯に圧力を加えることで、内部の空気を押し出し、無酸素の状態になると、米の糖質に微生物が反応して乳酸発酵を起こすためである
すなわち魚と塩の発酵に、飯を加えるとナレズシとなり、そのままであれば塩辛や魚醬となる
いずれにしても発酵によって、保存と旨味という恵みがもたらされることになる
寿司の起源
こうした原理は、モンスーンアジアの稲作民によって応用され、ナレズシと魚醬という独特の旨味文化を、東南アジア・東アジアに広く行き渡らせた〔石毛:一九九〇〕
従って、スシの発生と伝播は、稲作技術の出現と伝来とに深く関連し、そのルーツは中国南部もしくは東南アジアに求められることになる
河川や湖沼および水田には、豊富な淡水魚がいるが、そうした魚の利用法として、稲作地帯にナレズシや魚醬が、著しい発達をみたのであり、日本のスシもその一部をなすに過ぎない
日本独自の発展
しかし日本では、古代以来、肉食に対する禁忌が強く、米が聖なる食べ物と見なされたところから、魚と米をおいしく食べる文化に磨きがかかった
つまりスシが、日本で独自の展開を遂げたことになる
最も古いフナズシにみられるように、スシはもともと魚が主体であったが、日本ではナレズシにおける魚と米の関係が、やがて逆転するという形で、スシの歴史が展開をみた
いわばオニギリの延長線上に、魚と米の飯の乳酸発酵の文化が花開いたのである
それは魚の押しズシで、サバやサケ・タイ・サンマ、その他の魚の切り身を、米の飯の上に載せ、圧力を加えることで発酵を促進した
その応用が箱ズシであり、それをほぐしたのがバラ寿司となる
巻ズシも圧力を簀子(すのこ)で加える点では同じであるが、やがてインスタント版として、乳酸発酵の時間を短縮したことにして、米の飯に酢を加えるという技術を開発した
これによって、スシの文化は長足の進歩を遂げ、酢飯によって簡単にスシを創ることが可能となった
その間に、さまざまな具が用いられるようになり、野菜を主体とした五目ズシのほか、油揚を用いた稲荷ズシも作られたが、圧巻は江戸前の握りズシだろう
独自の日本料理である刺身を、握った酢飯の上に添えることで、今日の世界に冠たる鮨が生まれた
鮨は紛れもなく日本文化の所産であるが、その起源が東南アジアの稲作文化にあったことに留意すべきだろう
(この記事は、現代ビジネスの記事で作りました)
寿司の起源が日本でないことは聞いたことがある
ちなみに天ぷらの起源も日本ではないと聞いた
寿司も天ぷらも起源は日本ではないが、日本独自の「進化」「発展」を遂げ、「和食」となった
さらにちなみにいえば寿司も天ぷらも私は大好きです
日本料理史 (講談社学術文庫 2828) 文庫
今や世界中で愛されている日本料理・・・
寿司や天ぷらも日本が起源ではないが、日本独自の進化・発展で「日本料理」「和食」となった
日本料理・和食の食の文化史
しかし、いつどこで生まれたのか知る人は多くない
そのルーツをたどっていくと、なぜ寿司は旨いのか、その理由が見えてくる(ここでは原田信男『日本料理史』から一部編集のうえ引用する)
語源からわかること
スシは、寿司・鮨・鮓とも書くが、その語源は“すっぱし”で、鮓が最も原義に近い
つまり魚に米と塩を用いて発酵させ、旨味を引き出すとともに、保存を目的として魚から作る食品が鮓である
また塩だけで魚の内臓を発酵させる旨味も広く好まれており、日本では塩辛が代表例となるが、これに中国では鮨の字をあてた
そして祭りなどのハレのときに、保存しておいた鮓を食べることから、やがて寿司という表記が用いられるようになった
発酵による旨味
つまり魚の発酵食品には、鮓と塩辛があるが、これらは兄弟関係にあたる
魚を塩だけに漬け込むと、アミノ酸発酵となるが、これに炊いた飯を混ぜ込むと、乳酸発酵が起こる
前者が塩辛で、後者が鮓となるが、塩辛は魚醬の一種で、ほかにも日本では秋田のショッツルや能登半島のイシル、香川のイカナゴ醬油が知られている
鮓の原型はナレズシで、日本で最も古いのが琵琶湖のフナズシであり、吉野の鮎の釣瓶(つるべ)ズシのほか、秋田のハタハタズシや金沢のカブラズシも、この仲間に入る
これらは米の飯による乳酸発酵を利用したものであるが、その初歩的な事例にオニギリの旨味がある
オニギリは、握ってすぐは美味しくはないが、二~三時間すると、普通のご飯とは違った旨味が出る
これは米の飯に圧力を加えることで、内部の空気を押し出し、無酸素の状態になると、米の糖質に微生物が反応して乳酸発酵を起こすためである
すなわち魚と塩の発酵に、飯を加えるとナレズシとなり、そのままであれば塩辛や魚醬となる
いずれにしても発酵によって、保存と旨味という恵みがもたらされることになる
寿司の起源
こうした原理は、モンスーンアジアの稲作民によって応用され、ナレズシと魚醬という独特の旨味文化を、東南アジア・東アジアに広く行き渡らせた〔石毛:一九九〇〕
従って、スシの発生と伝播は、稲作技術の出現と伝来とに深く関連し、そのルーツは中国南部もしくは東南アジアに求められることになる
河川や湖沼および水田には、豊富な淡水魚がいるが、そうした魚の利用法として、稲作地帯にナレズシや魚醬が、著しい発達をみたのであり、日本のスシもその一部をなすに過ぎない
日本独自の発展
しかし日本では、古代以来、肉食に対する禁忌が強く、米が聖なる食べ物と見なされたところから、魚と米をおいしく食べる文化に磨きがかかった
つまりスシが、日本で独自の展開を遂げたことになる
最も古いフナズシにみられるように、スシはもともと魚が主体であったが、日本ではナレズシにおける魚と米の関係が、やがて逆転するという形で、スシの歴史が展開をみた
いわばオニギリの延長線上に、魚と米の飯の乳酸発酵の文化が花開いたのである
それは魚の押しズシで、サバやサケ・タイ・サンマ、その他の魚の切り身を、米の飯の上に載せ、圧力を加えることで発酵を促進した
その応用が箱ズシであり、それをほぐしたのがバラ寿司となる
巻ズシも圧力を簀子(すのこ)で加える点では同じであるが、やがてインスタント版として、乳酸発酵の時間を短縮したことにして、米の飯に酢を加えるという技術を開発した
これによって、スシの文化は長足の進歩を遂げ、酢飯によって簡単にスシを創ることが可能となった
その間に、さまざまな具が用いられるようになり、野菜を主体とした五目ズシのほか、油揚を用いた稲荷ズシも作られたが、圧巻は江戸前の握りズシだろう
独自の日本料理である刺身を、握った酢飯の上に添えることで、今日の世界に冠たる鮨が生まれた
鮨は紛れもなく日本文化の所産であるが、その起源が東南アジアの稲作文化にあったことに留意すべきだろう
(この記事は、現代ビジネスの記事で作りました)
寿司の起源が日本でないことは聞いたことがある
ちなみに天ぷらの起源も日本ではないと聞いた
寿司も天ぷらも起源は日本ではないが、日本独自の「進化」「発展」を遂げ、「和食」となった
さらにちなみにいえば寿司も天ぷらも私は大好きです
日本料理史 (講談社学術文庫 2828) 文庫
今や世界中で愛されている日本料理・・・
寿司や天ぷらも日本が起源ではないが、日本独自の進化・発展で「日本料理」「和食」となった
日本料理・和食の食の文化史