2024年06月27日

NY株は小幅に反発

26日(現地時間)のNY株(ダウ平均株価)は、小幅に反発し、終値は前日比15ドル64セント高の3万9127ドル80セント

ハイテク株中心のナスダックは87.51ポイント高の1万7805.16

S&P500は8.60ポイント高の5477.90



26日(日本時間)の日経平均株価は3日続伸し、終値は前日比493円92銭高の3万9667円07銭


(この記事は、ネットニュースの記事で作りました)

26日のニューヨーク為替市場は1ドル=160円を超える下落

26日の日経平均株価の終値は前日比490円超の大幅上昇
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印象派の知られざる一面を浮かび上がらせた―三浦 篤『大人のための印象派講座』張 競による書評

◆画家たちの生身の姿、その時代にも迫る

日本では印象派の人気が高い
ところが、ごった返しの展示会場で絵を眺めても、解説書を読んでも、いま一つ腑(ふ)に落ちないときがある
神話化のオーラがまぶしいほど、個々の作品がかえって遠のいてしまうのだ

優れた絵を描いたとはいっても、印象派の画家たちはしょせん生身の人間である
彼らはどのような社会的な状況のなかで創作を行い、いかに生計を立てたか
政治が目まぐるしく変わるなかで、その立ち位置はどうだったのか
額縁の内側からは何も読み取れない
そうした疑問を想定したかのように、本書は印象派の家庭背景、女性関係を探り、画商の営業努力、政治とのかかわりや作品評価の変遷など、さまざまな角度から後光のさした画家たちの素顔に迫り、印象派の知られざる一面を浮かび上がらせた。

独創的な造形や色彩表現で知られる印象派だが、はじめのうちは美術界の主流から評価されなかった
彼らが名声を獲得するまで、二、三十年を要した
その間、サロンに入選できなくても、アカデミズムの画家や批評家に見下されても、初心を変えずに創作を続けられたのはなぜか

画家たちの出身階層を調べると、意外なことがわかった
個別的な例外をのぞけば、パリの出身者が多く、裕福な家庭に生まれる人も少なくない
美学の信念を貫いて、作品が売れなくても活動が続けられたのは画家の粘り強い努力だけでなく、家庭からの経済的な支援も大きな理由の一つだ

前衛的な絵画技法という言葉はこの芸術グループを語るときによく用いられている
革新的とは言い換えれば異端であり、既存の体制から排除されるのは運命づけられることだ
芸術的な「反逆」は果たして時代の偶然なのか
そのことを探るために、著者は彼らが生きた時代にも目を向けた

十九世紀後半、第二次産業革命が始まり、大量生産はすでに端緒を見せた
哲学では宗教や権威に対し、疑問の目が向けられ、伝統や因習に対する批判の動きはほかの分野でも見られた
そのような時代の流れのなかで、美術の領域において旧来の表現法や作品評価の仕組みに異議申し立ての声があがっても不思議ではない

印象派の政治的な立場もその傍証といえよう
画家によって濃淡があるが、印象派には共和政の支持者が多い
旧い考えと決別し、近代社会にふさわしい秩序を求めたいという思いは、新しい造形表現を目指そうとする芸術的指向と裏表一体になっているのだ

もっとも印象に残ったのは絵の値段にまつわる話である
印象派にかぎらず、今日、美術作品はその芸術性よりもむしろ金融商品として注目されている
オークションで法外な落札価格がつけられ、美術品が盗難されるとき、煽情的に報道されるのはその驚くべき値段だ
絵画が投資ないし投機の対象となる起源をさかのぼるとき、印象派の登場が重要な転換点になっている
画商ポール・デュラン=リュエルが絵画取引のビジネスモデルを作ったのは興味深い

著者は専門的な知見を一般向けにわかりやすく語り掛けるのに長(た)けており、本書でもその手腕は遺憾なく発揮された。学術の最新の動きを紹介しながら、読む者の心をとらえて放さない物語になっているのには舌を巻いた。

[書き手] 張 競
1953年、中国上海生まれ
明治大学国際日本学部教授
上海の華東師範大学を卒業、同大学助手を経て、日本留学
東京大学大学院総合文化研究科比較文化博士課程修了
國學院大学助教授、明治大学法学部教授、ハーバード大学客員研究員などを経て現職
著書は『恋の中国文明史』(ちくま学芸文庫/第45回読売文学賞)、『近代中国と「恋愛」の発見』(岩波書店/一九九五年度サントリー学芸賞)、『中華料理の文化史』(ちくま新書)、『美女とは何か 日中美人の文化史』(角川ソフィア文庫)、『中国人の胃袋』(バジリコ)、『「情」の文化史 中国人のメンタリティー』(角川選書)、『海を越える日本文学』(ちくまプリマー新書)、『張競の日本文学診断』(五柳書院、2013)、『夢想と身体の人間博物誌: 綺想と現実の東洋』(青土社、2014)『詩文往還 戦後作家の中国体験』(日本経済新聞出版社、2014)、『時代の憂鬱 魂の幸福-文化批評というまなざし』(明石書店、2015)など多数

[書籍情報]『大人のための印象派講座』
著者:三浦 篤 / 出版社:新潮社 / 発売日:2024年03月27日 /ISBN:4103555815

毎日新聞 2024年5月11日掲載

(この記事は、ALL REVIEWSの記事で作りました)

印象派というと写実的を目指すのではなく、感性が強く投影されているように感じます

ゴッホが印象派に影響を受けたとされます

革新的ではありましたが、多くの歴史がそうであるように最初は受け入れられませんでした

印象派の画家は多くが富裕層で思想的には左派であったようです

そのため、多くが実家から経済的援助を受け(認められない)不遇の時代を乗り切れたようです

さらに美術品の価値が高騰したのも印象派が転機とされます



大人のための印象派講座 単行本

印象派の画家たちの人間性・実像に迫る
印象派の画家たちを巡る「お金」「女性」「名誉」や絵画の価値の返還、グループ内での確執など生身の素顔もあぶりだす
posted by june at 03:55| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月26日

NY株は6営業日ぶりに反落

25日(現地時間)のNY株(ダウ平均株価)は、6お営業日ぶりに反落し、終値は前日比299ドル05セント安の3万9112ドル16セント

ハイテク株中心のナスダックは220.83ポイント高の1万7717.65

S&P500は21.43ポイント高の5469.30




25日(日本時間)の終値は前日比368円50銭高の3万9173円15銭


(この記事は、ネットニュースの記事で作りました)

25日の日経平均株価の終値は前日比360円超の大幅上昇
posted by june at 07:19| Comment(0) | 株価動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「男色」に無関心だった豊臣秀吉は珍しかった?「とんでもない変人」と言われた秀吉の男色の逸話

■ 江戸時代に「無体」と非難された男色

豊臣秀吉と男色の関係イメージを眺めていると、大元の逸話が拡大解釈されている感がある

まず男色(なんしょく)とは何かを説明しておこう

男色は、上位の年長者が下位の年少者を抱く関係であった

端的にいえば性的な搾取であるが、そこから純愛に発展していくこともある
これは現代の芸能界や風俗世界でもあることだろう

戦国時代は、武士の間で男色が流行したが、成人男性同士というわけではなく、多くは大人の武士と少年の小姓との関係であった

そして性的に愛玩される少年たちの間には不本意なものも少なからずいたことは想像に難くない
実際に、江戸時代前期には武士が男色を行なうのは少年に「無体」なことだからと、禁止令が発せられている

ということは、武士の中にも、「男色は楽しい、大好きだ」と思う層と、そうではない層の両方がいたということである

よく「男色は武士の嗜みだった」というが、これは根拠のない現代人の一解釈に過ぎない

■ 豊臣秀吉と男色の逸話

さて、豊臣秀吉である

秀吉には、こんな逸話があると、インターネットやライトな歴史の書籍でよく語られている

武士ならば誰でも関心があるはずの男色に、天下人の秀吉はまるで関心を寄せなかった
家臣たちは、「殿下が武士出身ではなく、百姓出身だからかもしれないぞ」と、その趣味を訝しんだ

そこで気の利いた家臣が評判の美少年を呼び出し、秀吉と2人きりになるよう仕向けた
ところがこの少年はすぐに秀吉のもとを辞した
家臣がどうだったか聞いてみると、「太閤殿下は、私に『お前に姉か妹はいるか?』と尋ねただけで返しました」と答えた──

秀吉はとんでもない変人だったのだという

ここでこの逸話の初出史料を見てみよう

■ 実際の秀吉の男色話

戦国時代を生きた儒者の口述筆記『老人雑話』に次の記事が見える

羽柴長吉(ちょうきち)は太閤(豊臣秀吉)の小姓、比類なき美少年なり
太閤ある時、人なき所にて近く召す
ひごろ男色を好み給(たま)はぬ故(ゆえ)に、人みな奇特の思ひをなす
太閤問ひ給ふは、汝(なんじ)が姉か妹ありやと
長吉顔色(がんしょく)好き故なり

冷静に読み返してみよう
ここでは秀吉を男色に興味がないからと変わり者扱いをしてはいない

美少年と2人きりになったのも、家臣たちのお膳立てではなく、自分の意思で行なったものである

つまり元々は、秀吉は男色を好まないのに、わざわざ美少年を召し出したので、人々は変わったことをするなと疑問に思ったが、何のことはなく、秀吉はこの美少年に、「姉か妹はいないかね?」と尋ねただけであったという筋書きである

これに、当時は男色を経験するのが武士の常識であったとする俗説が結びつき、尾鰭がついて拡散しているのである

■ 男色に興味がないのは武士でも普通

秀吉が男色を好まなかったのも、百姓出身だからではなく、そういう人物だったからだろう

百姓出身なら、幕末の新撰組も「局中しきりに男色流行」したことが、当時の近藤勇書状に記されている
文章の前後を読む限り、これは彼らが闇営業の陰間(男色を売るお店)に通い詰めていたもののようである

正規の武士でなくとも金があまれば、男色を楽しみにお店へ通うことはあったのだ(拙著『戦国武将と男色 増補版』ちくま文庫)

豊臣秀吉は、身分に関係なく男色に無関心だったのであり、家臣たちもその趣味はおかしいと思って余計なお世話をしたのではなく、「あの殿下にしては珍しいな」と不思議がっただけである

【乃至政彦】ないしまさひこ
歴史家
1974年生まれ
高松市出身、相模原市在住
著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(ともにJBpress)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など
書籍監修や講演でも活動中
現在、戦国時代から世界史まで、著者独自の視点で歴史を読み解くコンテンツ企画『歴史ノ部屋』配信中

(この記事は、JB Pressの記事で作りました)

男色は戦国時代は多く見られたようだ

しかし男色という嗜好というか性癖はなんでもそうだが個人にもよる

豊臣秀吉の本記事のエピソードは私も知っていた
(読んだことがある)

豊臣秀吉は天下人で当時の少数派で注目されたのだろう

ちなみ戦国武将の男色では織田信長と森蘭丸がそうだったとして知られている


戦国武将と男色 増補版 (ちくま文庫 な-60-1) 文庫

戦国時代に男色は多く見られたという
戦国時代という「非常時」だからこそ多く見られたのかもしれない
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2024年06月25日

NY株は5営業日続伸

24日(現地時間)のNY株(ダウ平均株価)は、5営業日続伸し、終値は前週末比260ドル88セント高の3万9411ドル21セント

ハイテク株中心のナスダックは92.54ポイント安の1万7496.82

S&P500は16.75ポイント安の5447.87





24日(日本時間)の日経平均株価は反発し、終値は前週末比208円18銭高の3万8804円65銭

外国為替市場で円相場が1ドル=159円90銭台と約2カ月ぶりの安値まで下落したのを受け、自動車など輸出関連株に買いが優勢だった


(この記事は、ネットニュースの記事で作りました)
posted by june at 07:13| Comment(0) | 株価動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする