2024年03月26日

NY株は、2営業日続落

25日(現地時間)のNY株(ダウ平均株価)は、2営業日続落し、終値は前週末比162ドル26セント安の3万9313ドル64セント

ハイテク株中心のナスダックは44.35ポイント安の1万6384.47




25日(日本時間)の日経平均株価は5営業日ぶりに反落し、終値は前週末比474円31銭安の4万0414円12銭


(この記事は、ネットニュースの記事で作りました)

25日の日経平均の終値は前週末比470円超の大幅下落
posted by june at 07:04| Comment(0) | 株価動向 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1571年「日本人奴隷の買い付け禁止令」が出されたほどの悲惨な歴史

15~16世紀、当時の日本がアフリカや中南米諸国のように国を滅ぼされず、今日まで独自の文化・伝統を保持できた背景には軍事力、そして徳川家康の外交方針の転換があった
しかし、その期間に奴隷として売り飛ばされた日本人は5万人ほどにもなる
情報戦略アナリスト・山岡鉄秀氏が、当時の状況を解説します

※本記事は、山岡鉄秀:著『シン・鎖国論 -日本の消滅を防ぎ、真の独立国となるための緊急提言-』(方丈社:刊)より一部を抜粋編集したものです

◇世界中に植民地を拡げたスペインとポルトガル

2021年に実施された中学校の新学習指導要領で復活するまでの数年間、中学教科書では「鎖国」という言葉が使われていなかったことをご存じでしょうか

「鎖国」という言葉は、江戸末期の蘭学者・志筑忠雄(しづきただお)が、オランダ商館医だったケンペルの『日本誌』を翻訳したとき(1801年)に造語したのが始まりなので、徳川家光が「鎖国令」を発したと教えるのは正しくないということから、2017年の学習指導要領改定案で「鎖国」ではなく、「幕府の対外政策」という用語に変えられていたそうです

また鎖国といっても、外国との貿易は、長崎を基軸としながら、松前・対馬・薩摩の各藩に対外関係の「口」を担わせる形で行われていたのだから、鎖国と呼ぶのはふさわしくないというのが、1980年ごろからの歴史学の流れだったようですが、教育現場から、「開国」を教えるのに「鎖国」という前段がないと指導しにくいという声が上がり、復活したそうです

なぜ、当時の日本は鎖国を実施できたのでしょう? 
大航海時代に日本が対峙していたのは、アフリカ・中南米、そして当時のアジアを次々に侵略蹂躙し、植民地に変えていったスペインとポルトガル
そして、オランダやイギリスも、アジアに東インド会社を作って支配を進める強力な軍事覇権国家でした

当時、世界を二分していたカトリック国であるスペインとポルトガルは、世界中に植民地を拡げましたが、そのやり方は悪逆非道の極みと言えるものでした
彼らが異教徒をどう扱うべきかバチカンに問い合わせたところ、「異教徒は人間と見なさずともよい」とのお墨付きを得ていたことが、その背景にあります

1452年、ローマ教皇ニコラウス5世が、ポルトガル人に対して「異教徒を奴隷にする許可」を与えたことで、奴隷貿易は正当化され、相手は人間でないと思えたからこそ、倫理的な罪悪感を全く持つことなく、徹底的に残酷になれたのです

ポルトガルは、13世紀ごろには人口も少ない小国でしたが、モロッコからアフリカ西岸を回って次々と侵略を始めます
部族抗争を繰り返すアフリカの一方の部族にだけ武器を与え、敗れた部族を奴隷としてたたき売るという行為を繰り返しました

ポルトガルはアフリカ南端を回り、14世紀にはインド、東南アジアを経て、1543年には種子島に鉄砲が、その6年後にザビエルが鹿児島に上陸するに至ります

ポルトガルに後れを取って焦っていたスペインに取り入ったのが、イタリア人のコロンブスでした
スペイン女王イサベル1世の支援を得たコロンブスは、ポルトガルとは反対に大西洋を渡り、1492年に西インド諸島のサンサルバドル島に上陸します

水や食料を提供してくれた原住民の純朴さと均整の取れた体を見て、コロンブスは「これは素晴らしい奴隷になる」と考えました
そして翌年、軍隊と軍用犬を満載して再びこの島を訪れると、原住民の村々を徹底的に破壊し、略奪・殺人・放火・拷問・強姦の限りを尽くしたのです

近年、過激な左翼リベラリズムの影響で、キャンセルカルチャーの嵐が吹き荒れているアメリカでは、コロンブスの銅像が引き倒され、破壊されています
行き過ぎたキャンセルカルチャーは全く肯定できませんが、その背景に恥ずべき歴史への嫌悪があるのは事実でしょう

中南米には古代から高度な文明が栄えていましたが、スペイン人によって無残にも滅ぼされてしまいました
1521年、メキシコ中央部に栄えていたアステカ王国は、スペイン人コルテスによって滅ぼされ、現在のペルー・ボリビア・エクアドルにまたがって栄華を誇っていたインカ帝国は、1533年にピサロによって滅亡させられたのです

スペイン人は、これらの国々から莫大な金銀財宝を略奪し、本国に運び込みました
さらに、原住民を銀鉱脈の採掘に駆り出して強制労働を課し、大量の銀をヨーロッパに持ち帰りました
酷使され虐待された原住民の人口が激減すると、今度はアフリカ人が代替労働力として用いられることになり、奴隷貿易はさらに拡大したのです

◇武力制圧の企図を挫かせた日本の軍事力

世界中でこうした悪逆な支配を拡大していたポルトガル人やスペイン人であるのに、なぜ日本では同様の支配ができなかったのか?
布教活動によって一部の大名をキリシタン大名にし、権益を得ることまではできたものの、どうして最終的に排除されてしまったのでしょうか?

それは、日本の軍事力が優れていたからです
火砲に関して言うと、1543年に中国商船に乗って種子島に漂着したポルトガル商人から買った2丁の火縄銃は、すぐに刀鍛冶の手で複製され改良されつつ、堺や近江などで瞬く間に大量生産されるようになりました

日本には鉄も少なく、火薬の原料となる硝石は輸入に頼るしかなかったのですが、安土桃山時代から江戸初期にかけての日本の鉄砲所有数は、世界有数だったことは確かであるとされています

もし、日本が軍事的に弱かったなら、アステカ王国やインカ帝国のようにいとも簡単に支配を許し、滅ぼされるか、それ以外の「非白人」と同様に植民地化されていたことは間違いありません
今の中南米諸国のようになっていたはずです
強い軍事力が、武力制圧を企図させない抑止力として間違いなく働いていました

◇領民を奴隷として売ったキリシタン大名たち

しかし、いつの世にも売国奴はいるもので、九州のキリシタン大名がそれです
たとえば、長崎港を開港した肥前国の大村純忠は、ポルトガル人から鉄砲や火薬など最新兵器の供与を受ける見返りとして、イエズス会の神父から洗礼を受け、日本で最初のキリシタン大名となったのですが、武器弾薬を求めた動機は、お家騒動に勝利するためでした

その信仰は過激で、領民たちに改宗を強要し、拒否する仏教の僧侶や神官は殺害しました
さらに神社仏閣も破壊すると、その廃材をポルトガル船の建材用に提供したのです
先祖の墓も壊し、改宗に従わない領民を奴隷として海外に売り飛ばしました
武器購入の代価にされたのです

豊後の国の大友宗麟は、宿敵・毛利元就を撃退するために、火薬の原料である硝石の供給をイエズス会から受け、鉄砲戦によって毛利を破ると洗礼を受けてキリスト教徒となり、今度は十字架を掲げて日向国に攻め入りました

大友宗麟の野望は、日向国の全領民をキリスト教徒に改宗させ、ポルトガルの法律と制度を導入してキリスト教の理想郷を建設することで、宣教師たちの言いなりになって現地の神社仏閣を焼き尽くしました

島原半島南部を支配していた小領主の有馬晴信(大村純忠の甥)は、龍造寺隆信に圧迫されると、イエズス会からの支援を得るために洗礼を受け、キリスト教徒となりました

軍事力を強化して和睦に成功すると、宣教師の求めるままに、家臣・領民の入信に加えて、40か所以上の神社仏閣を破壊したばかりか、領内の未婚の少年少女を捉えて奴隷として献上し、さらに浦上の地まで差し出してしまいました

これらキリシタン大名によって、世界中に奴隷として売り飛ばされた日本人は5万人ほどになると言われています
それを目撃したのが、大村純忠がキリシタン大名の名代としてローマに派遣した天正遣欧使節の少年たちでした

彼らは航海の途中、海外のさまざまな土地で、子どもまで含めた日本人男女が奴隷として使役されているのを見て、大きな衝撃を受けます

ちなみに、日本にいたポルトガル宣教師が奴隷売買の酷さを見かねて、当時のポルトガル王のドン・セバスチャンに進言した結果、1571年に「日本人奴隷の買い付け禁止令」も出されたのですが、奴隷売買はなくなりません

ポルトガルの奴隷商によって買われ、ブラジル・アルゼンチン・ペルーなどに売られた日本人奴隷の記録は、多くの公文書に残されています

◇徳川家康が変えた日本の外交方針

秀吉の死後、五大老による合議制が敷かれていた時期、筆頭大老だった徳川家康がもっていた外交観は、貿易と布教は分離できるというものだったようです

ポルトガルとの貿易によって大きな利益を得ている長崎や九州を見て、貿易を優先すべきと考えていた家康は、当初、キリスト教に対して寛大な姿勢で臨んでいたのですが、やがて「スペイン・ポルトガルはキリスト教布教と同時に日本を武力により支配しようとしている」との情報を得て、外交方針を変えていきます

スペインは、信者を増やして日本を支配したあとは、日本を拠点として明に攻め入り、いずれは明も征服しようという長期計画を持っていました

家康は、1612年には天領(幕府直轄地)に、翌1613年には全国に「禁教令(キリスト教禁止令)」を将軍秀忠の名で交付させます
「キリスト教は侵略的植民政策の手先であり、人倫の常道を損ない、日本の法秩序を守らない」と激しく糾弾する内容でした。

ここに鎖国体制が始まり、キリスト教禁止令はその後、じつに1873年(明治6年)まで続いたのです


関連記事:
二束三文で売買されていた戦国時代の日本人奴隷たち

夏といえば怖い話
ここでは怪談話とはちょっと違う、現実にあった戦国時代の「こわい」話を紹介します
学校などで歴史を学ぶ際に出てくる「奴隷」という単語は、どこか海の向こうの話と感じている人も多いのではないでしょうか?
しかし日本人も奴隷売買に関わってきているのです
教科書にはあまり載らない「こわい」話を、歴史作家の濱田浩一郎氏に聞きました

「奴隷ビジネス」に手を染めていた人たち
織田信長の一代記『信長公記』(著者は信長の家臣・太田牛一)のなかには「人売り女の話」が載っています
京都下京の木戸番〔町ごとに区分けされていた際の出入り口となった木戸の番人〕をしている男の女房がいたのですが、彼女は、長い年月にわたって、多くの女性をかどわかして、和泉国堺に売り飛ばしていたというのです

織田政権で京都所司代を務めた村井貞勝は、この話を聞きつけ、木戸番の女房を捕らえ、尋問します
すると、その女の口からは、自分一人で「80人の女性を売った」との言葉が

この女は「成敗」されますが、木戸番の女房というある意味、普通の女性がそのような悪事を働いていたことに慄然とします
人を売る、人を買う、いわゆる人身売買は、他にも行われていました


信長死後、豊臣秀吉の時代、秀吉は伴天連追放令を出します(1587年)
追放令の前日(6月18日)には「明国や東南アジア、朝鮮に日本人を売り渡していることは悪事である。日本において、人の売買は禁止する」との 秀吉の命令が出ています

これは、在日の宣教師に向けて出されたものです
つまり、秀吉は、日本人の売買に、宣教師が関与していると考えていたのでした
いや、秀吉は宣教師のみならず、商売のために来日するポルトガル人やシャム人、カンボジア人が多くの日本人を連れ去り、奴隷として連行していると考えていました。

よって、秀吉は「遠方に売り飛ばされた日本人を日本に連れ戻すように計らえ。それが難しければ、ポルトガル人らが購入している人々を放免せよ。自分がその代金を払おう」と、宣教師に詰め寄っています
その宣教師は「自分たちも、人身売買を止めさせようと努力してきました。しかし、重要なことは、海外の船が来航する港の領主らが、それを禁止することでしょう」と弁解します

つまり、自分たち宣教師は、日本人の売買に関係していない
先ずは、日本人を売っている「日本人」を何とかして取り締まるべきだと主張したのです

しかし、来日したポルトガル人による「奴隷ビジネス」は盛行を極めていました
特に女奴隷が価値があったようですが、多くの日本人男女の奴隷が、ポルトガルに連行されたことから、ポルトガル国王のドン・セバスティアンは、日本人奴隷の取引を禁止する命令を出しています(1571年)

この禁止令は、在日宣教師の要望により、出されたとされます
宣教師たちは、広範な日本人奴隷連行が、布教活動の障害になると考えたのでしょう

しかし、秀吉の時代にも、未だ奴隷ビジネスが盛んだったことを考えると、国王の命令も意味をなしたようには思えません

天正遣欧少年使節が見た日本人奴隷
さて、天正10年(1582)、本能寺の変が起きた年に、4名の少年が九州のキリシタン大名の名代として、ローマに派遣されます
有名な天正遣欧少年使節です

その少年たちは、旅の途中で多くの日本人奴隷の姿を目撃します
しかし、彼らの怒りの矛先は、買ったポルトガル人ではなく、売った日本人に向けられています
正使の千々石ミゲルなどは「同国人をさながら家畜か駄獣のように、安値で手放す我が民族への激しい怒りに燃えた」と語ったと言います

少年たちは、マカオ・マラッカ・ゴアを経て、アフリカ南端の喜望峰を周り、ポルトガルに入っています
その旅の途中で「多数の男女やら、童男・童女」――つまり日本人奴隷が惨めな境遇にあるのを見たというのですから、アジアや東南アジアにも多数の日本人奴隷が存在していたことがわかります
しかも成人男女のみならず、少年・少女も奴隷として売買されていたのです

前述の宣教師は、我々は日本人売買に関与していないと弁解していたが、宣教師が「奴隷交易許可状」を出しており、無関係とは到底言えませんでした

イエズス会宣教師も奴隷貿易に関与していたのです
さて、秀吉による伴天連追放令が出たあとも、イエズス会の要請により、日本人の奴隷取引を禁止する旨(1591年)が出されていますが、厳格に守られたようには見えません

1603年にも、ポルトガル国王から同内容の禁令が出されているからです
しかも、国王はインド・ゴア市から抗議を受けると「正当な理由があれば、日本人奴隷の取引を禁じるものではない」との意向を示していますこれは、日本人の奴隷取引がどれだけ儲かるものであったかを示しているでしょう

戦国時代の奴隷になった人々は、ごく普通の人々でした。他国の大名(武将)に攻め込まれ、そのときに捕らえられた男女・子どもが奴隷として売られたりもしていたのです。少しの金欲しさに自分の親や妻、子を売る例もあったようです。

奴隷の値段は二束三文、20~30銭(2〜3千円)で売買されることもありました
現代のアフガニスタンにおいても、人身売買や臓器売買が横行しているようですが、幼い娘を売ることによって得られるお金は16万円ほどだそうです(臓器は約30万円)
安易な比較は慎むべきかもしれませんが、戦国日本の奴隷(人身)売買の酷さ、凄まじさがわかろうというものです

冒頭に記した木戸番の女房にかどわかされた女性80人も、全員ではないにしても、海外(東南アジアやポルトガル)に売り飛ばされ、悲惨な境遇に落ちた可能性があります

(この記事は、WANI BOOKS News Crunchの記事で作りました) 

奴隷や奴隷売買などと日本はあまりむすびつきません

日本に奴隷制度はないとの認識です
(過酷な身分制度、えた・ひにん、村八分、いわゆる同和問題などはありました)

本記事のように奴隷売買は日本にもあったようで驚きです

ところでつくづく感じるのは宗教には怖い一面もあるというこです

例えばキリスト教では聖書などは「汝(なんじ)の敵を愛せよ」など平和で平等的な面もありますが、一方で「異教徒は人間として扱わなくてもよい」とする敵対的で不平等な一面もあります

シン・鎖国論: 日本の消滅を防ぎ、真の独立国となるための緊急提言 単行本

日本と奴隷や奴隷売買はあまりむすびつかない
しかし奴隷売買は日本にもあったようだ
その驚きの歴史と正しい鎖国つついての提言を解説
子のグローバルな国際的な時代に単なる閉鎖的な鎖国でなく、日本の良き文化・アイデンティティ・考えなどを守り、続けるということが正しい鎖国だと私は感じた
posted by june at 05:05| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月25日

地球外生命体「火星より先に木星で発見」の期待が高い理由 天文学者が語る太陽系最大の惑星の知られざる姿

アメリカの民間宇宙開発企業スペースXのCEOであるイーロン・マスク氏が「火星移住計画」を公言するなど、何かと話題になることが多い火星
しかし、火星以外にも研究者の間で注目を集めている惑星があります
それは太陽系の中で最も大きい惑星・木星です
木星が注目される理由、その魅力について天文学者である平松正顕氏が語ります
※本稿は『ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。』より、一部抜粋・再構成のうえお届けします

■火星より先に木星のまわりで生命が見つかる? 

地球以外に、生命を宿す星はあるのでしょうか
人類は昔から異世界を想像してきましたし、今も多くの研究者がその謎に挑んでいます
太陽系の中では、これまで火星での生命探査が注目されてきました

過去には豊かな水をたたえた海があったことが確実視されていて、生命が存在していた証拠を探す探査も数多く行われています
しかし、火星だけに生命の可能性があるわけではありません
近年注目を浴びているのは、木星や土星を回る氷の衛星たちです

中でも、木星の衛星エウロパは興味深い天体です
NASAはエウロパ・クリッパーという探査機を準備中ですし、欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた木星の氷衛星探査機JUICEもエウロパを詳しく探査する予定です

ここまでエウロパが注目されている理由は、氷の表面の下に海があると考えられているからです
木星の軌道の大きさは、地球の軌道の大きさの約5倍
つまり太陽から遠く、その分温度も低くなります
普通なら天体は凍り付いてしまう環境です

ところがエウロパは、木星の巨大な重力(潮汐力)を受けていて、エウロパ全体が伸び縮みしています
地球の海の満ち引きがあるのも月の潮汐力によるものですが、木星の潮汐力はそれよりずっと強いものです
これによってエウロパの内部が温められ、氷が解けて海になっているようなのです

その証拠に、エウロパの表面にはクレーターがほとんどありません
これは、隕石が落下してクレーターができたとしても、内部の海から水がしみ出してきてクレーターを埋め、氷の表面がなめらかに保たれるためだと考えられています

■木星に生命が存在する可能性があると言える理由

ただし、地球のようにそこで生命が生まれ、命をつないでいくためには、水だけでは不十分です
例えば、地球上の多くの生き物は呼吸によって酸素を体に取り込んでいます
実は、エウロパには地球の気圧の1兆分の1というたいへん希薄な大気があり、その主成分は酸素なのです

エウロパ表面では弱いながらも太陽光が届くことで氷が蒸発し、水蒸気ができます
この水蒸気を木星から放たれる強力な放射線が分解することで、酸素が生み出されているのです

この酸素が氷の層をくぐり抜けて地下の海まで届くなら、生命存在の可能性は高まります
テキサス大学のマーク・ヘッセさんたちの研究チームは、エウロパ表面の氷の循環をコンピュータシミュレーションで詳しく調べました(※)

エウロパには氷の裂け目のような地形(カオス地形)が広がっている場所があります
研究者たちは、エウロパの氷が部分的に解けて塩水となり、大気中の酸素と混ざり合う地域でカオス地形が作られると考えています

(※)Hesse,M.A.,Jordan,J.S.,Vance,S.D.,et al.Downward Oxidant Transport Through Eurpa’s IceShell by Density-Driven Brine Percolation Geophysical Rese

コンピュータシミュレーションでは、酸素を取り込んだ塩水がひとかたまりになって氷の中に沈んでいく様子が示されました
エウロパの氷は厚さ20kmほどあると推定されていますが、およそ2万年かけて酸素入りの塩水が氷の中を沈んでいくのです
究者たちによればこの酸素の輸送はとても効率がよく、地上で取り込まれた酸素の86%が地下の海まで運ばれるとのこと
現在までに地下に運ばれた酸素の総量の推定は簡単ではないようですが、もっとも大きな見積もりでは、エウロパの海に持ち込まれる酸素の量は現在の地球の海の酸素量と同程度になる可能性があるそうです

これは、酸素に支えられた生態系が地下海に存在する、という期待を高めてくれる結果です
とはいえ、これは推定される最大値の話なので、実際にどれくらいの酸素が運ばれたのかはさらなる研究を待つ必要があります

NASAのエウロパ・クリッパーは2024年に打ち上げ予定で、エウロパに近づくのは2030年
エウロパをより近くから調べることで、表面に存在する物質の組成や地形が手に取るようにわかるはず

エウロパでの生命存在の可能性を探る、決定的なヒントをもたらしてくれるかもしれません
驚きの報告が届くのを、ゆっくり待つことにしましょう

■ここ10年で加速していた木星の赤い斑点の渦

太陽系最大の惑星、木星
直径は地球の11倍もあります
その木星の象徴とも言えるのが、赤い目玉のように見える「大赤斑」です
木星は白と茶色のストライプ模様をしていますが、そのストライプの境目に大赤斑は位置していて、少なくとも150年以上は観測され続けています

大赤斑は、地球で言えば台風のような空気の渦です
地球の台風がせいぜい1週間くらいで消えてしまうのに比べると、大赤斑の寿命は桁違い
大赤斑は地球がすっぽり収まってしまうほどの大きさがあるので、そのサイズも規格外と言えます

そんな大赤斑を、人類が誇る宇宙の目、ハッブル宇宙望遠鏡が定期的に観測し続けています
10年以上にわたる継続観測の結果、大赤斑は徐々に小さくなっていることがわかりました(※)

2009年には東西1万5600km、南北1万1000kmでしたが、2020年には東西1万2400km、南北1万1000km
南北(タテ)方向の大きさはほとんど変わらず、東西(ヨコ)方向の大きさだけが2割ほど小さくなっていたのです

もともとはわりと横長の楕円形でしたが、次第に円に近づいています
さらに、大赤斑全体の平均風速は10%ほど速くなっていることも明らかになりました
2020年には、最高風速でおよそ毎秒160m、時速580kmという速度に達していました
 
(※) Wong, M. H., Marcus, P. S., Simon, A. A. et al. Evolution of the Horizontal Winds in Jupiter's Great Red Spot From One Jovian Year of HST/WFC3 Maps. Geophysical Research Letters 48, e2021GL093982 (2021)

■未だ解明されていない木星に現れた変化の原因

こうした変化がなぜ起きたのか、まだ研究者たちは答えにたどり着けていません
大赤斑は横から見ると中心部が膨らんでいて、盛り上がったガスが外側に流れ落ちていくような構造をしています

大赤斑の内部に噴き上がってくるガスに何らかの変化が起きているのかもしれません
ひとつのヒントになるかもしれないのが、2016年から2017年にかけてサイズも風速も急に変化していたという事実です

2016年12月末、大赤斑のすぐ隣にあるストライプの中で白い雲が突然発生しました
これは、木星大気の下部からガスが沸き上がってきたことの証拠です

South Equatorial Belt Outbreakと呼ばれるこの現象は、今回だけでなく過去何度も記録されています
それは、木星の大気が安定したものではなく、非常に活発に変化するものであることを示しています

■10年以上もの月日をかけて判明した木星の変化

木星以外に、例えば海王星にも渦が発見されています
ただし、海王星の渦は数年で消えてしまうので、木星の大赤斑とはかなり様子が違います
木星と海王星では、内部で起きていることが違うのでしょう

当然と言えば当然ですが、これも長年観測してみて初めて確かめられたこと
木星にはこれまで何機かの探査機が向かいましたが、10年以上にわたって観測し続けた探査機はありません

ハッブル宇宙望遠鏡は、地球を回りながら彼方の木星を長期にわたって観測し続けています

今回検出された速度の変化は、地球の1年間あたりにすると時速2.5km以下というわずかなもの

ハッブル宇宙望遠鏡でも、1年観測しただけではこれを捉えることはできず、10年以上の蓄積が必要でした

天体写真1枚の美しさももちろん素晴らしいものですが、今回の発見は、じっくり観測し続けてそのわずかな変化を捉えることの面白さを私たちに教えてくれています

(この記事は、東洋経済ONLINEの記事で作りました)

太陽系では地球外生命体の存在の可能性が高いとされていますが、ごく最近では木星にも地球外生命体の可能性が高いとされています

地球外生命体や太陽系の地球外の移住では私が小学生の頃(1970年代ほど)は地球と近いサイズの金星が有力といわれていました

時代を経て今度は火星が有力視され、ごく最近は木星も注目されています

探査技術、観測技術の進歩などにより時代とともに変化していきました

さらにいえば地球の衛星である月にも再び注目されています

ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。 単行本(ソフトカバー)

「ウソみたいな●●の話を大学の先生に解説してもらいました」シリーズ第2弾・宇宙編
宇宙の素朴なギモンなどをわかりやすく楽しく面白く解説
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競馬、第54回高松宮記念はマッドクールが優勝

24日に第54回高松宮記念(G1、中京芝1200メートル)が行われた

6番人気の坂井瑠星騎手騎乗のマッドクールが優勝

2着はアタマ差で2番人気のナムラクレア、3着は3馬身差で香港から参戦のビクターザウィナー

(この記事は、JRAのホームページの記事で作りました)

勝ったマッドクールは重賞初制覇がG1、ナムラクレアはまたも2着でしたね


私の注目馬は・・・

1着・マッドクール、2着・ナムラクレア、8着・ママコチャ、10着・ルガル、12着・ウインマーベラス


馬券予想は当たりました

高松宮記念といえば2013年の高松宮記念のロードカナロアですね
2022年のスプリンターズS(1200メートル)から香港スプリント(1200メートル)、2023年に阪急杯(1400メートル)と3連勝しての望んだこのレースも快勝、短距離戦線で力の違いを見せつけ、さらに安田記念(1600メートル)も勝ちました
秋初戦こそセントウルS2着でしたが、スプリンターズS、香港スプリントともに連覇で有終の美
種牡馬になっても牝馬3冠でG1・9勝のアーモンドアイを出すなど成功しています

21世紀の名馬VOL.7「ロードカナロア」 (Gallop21世紀の名馬シリーズ) 雑誌

ロードカナロアは日本が世界に誇る名短距離馬で種牡馬としても成功
ロードカナロアの栄光の軌跡を収録
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大相撲春場所は尊富士が初優勝、110年ぶりの新入幕V

24日に大相撲春場所千秋楽が行われた

平幕・尊富士が平幕・豪ノ山に勝ち13勝2敗で初優勝

新入幕で平幕の1敗・尊富士と新入幕2場所目の3敗・大の里の大銀杏をまだ結えない新鋭同士の優勝争い

尊富士は昨日14日目に足を怪我し体調が心配されましたが、怪我をおし出場し自力で優勝

今場所は尊富士、そして大の里が盛り上げました

特に尊富士は初日から11連勝で大鵬に並ぶ1場所15日制以降の新入幕の初日からの記録

12日目に連勝が止まりましたが、13日目を勝ち、14日目は敗れましたが千秋楽を勝ち1度もトップを譲らず110年ぶりの新入幕優勝の快挙

初土俵から所要10場所での制覇は年6場所制以降最速(付け出しを除く)


以下に優勝力士、三賞力士を示す

優勝 尊富士 13勝2敗(初)

三賞
殊勲賞 尊富士(初)
敢闘賞 大の里(2回目)、尊富士(初)
技能賞 大の里(初)、尊富士(初)


大相撲 尊富士 缶バッジ

110年ぶり新入幕優勝の歴史的快挙の尊富士の缶バッジ
posted by june at 03:28| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする